116-1/2 組織論で欧米と日本の違い
組織生産性を左右する組織デザインでは、欧米の手法知識を鵜呑みせずに日本化する能力、加えて自社固有の独自能力を活かす工夫が勝負どころのようです。
組織経営や事業経営及び生産財営業を考える上では、日本人全般が共有する思考メカニズムを理解しておくと欧米由来の知識への対処で惺々著と眩まされることが少なくなります。欧米由来の知識の鵜呑みは、破草鞋(はそうあい/空理空論)や河童に塩を誂える(見当違い)ことになり易いものです。122で前述の通り日本のメディアの多くは世界音痴な上に日本人特有の思考回路への自覚に乏しい日本知らずの傾向があります。世界音痴で日本知らずのメディアの編集者の方々が発する海外報道を通して、欧米と日本人の思考メカニズムの違いを理解するのは難しいので、別のアプローチが必要です。日本人の思考回路の特徴を理解する上で、筆者/青草新吾が重宝しているのが、104[電子材料ニッポン]で前述した小笠原泰氏の著書*1です。菊と刀*2や縮み志向の日本人*3なども外国人から見たヒントという点で参考にはなりますが、日本人自身が欧米でのビジネス経験を通しての深堀考察をしている点で、小笠原泰氏の著書の価値が高いと思います。欧米に詳しい人は数多おられますが、小笠原泰氏のように、日本に詳しくて且つ欧米に詳しい人の考察はとても希少価値があります。
小笠原泰氏の言葉を拝借しながら、筆者/青草新吾なりにまとめると、組織に対する思考回路(組織観)の日米の違いとは、「米国の制度型組織」と「日本の運用型組織」の違いであり、米国企業の制度型組織とは「個人主義を統合するために意思決定を重視」する組織であり、日本企業の運用型組織とは「集団への帰属意識を求心力とした役割構造を重視」する組織です。日米捕鯨論争を例えに「頭から入る欧米vs心から入る日本」という表現は実に言いえて妙です。鶏に鳩の脳を移植するとしての例え話「欧米では新たな鳩の社長がすわれば、鶏は鳩のように振舞いだすが、日本では、鶏の免疫システムが、移植された鳩の脳を異物として攻撃し、無害なものとするので、相変わらず鶏のままである。」というのも判りやすい表現です。安定期に強いのが日本型組織、激動期に強いのが米国型組織というのも頷けます。
経営制度とは、組織とステークホルダーとの関係のルールであり、組織観とは個人と組織の関り方ですから、その国の歴史と文化を反映するものです。日本企業と米国企業というような経営システムや経営文化の国別比較は雲をつかもうとするようなものであまり意味がありませんが、経営制度や組織観の国別比較はとても意味があります。その国あるいは民族の歴史や文化によって形成されてきたものだからです。
欧米や中国の文明は、相手をコントロールしようとする側面がとても強いようです。どなたか忘れましたが「日本人とベトナム人は受容型で世界の中では例外的存在」と説明しておられましたが、筆者/青草新吾も同感です。欧米の思想には例えば中世ヨーロッパの神の国(理想の国)、共産主義のユートピア願望、等々の超越的で且つ絶対的なパワーへの憧れを感じます。例えば共産主義の場合には、ソ連や中国の共産主義はとても冷酷で、スターリン、毛沢東や人民解放軍のチベット侵攻と虐殺、文化大革命の虐殺、カンボジアのポルポトによる都市住民虐殺、北朝鮮の今・・等々、ユートピア願望からは似ても似つかぬ現実で人々を苦しめました。共産主義の惨禍は世界大戦の犠牲者を上回るそうです。ユーゴのチトーやベトナムのホーチミン、キューバのカストロとチェゲバラのような人間味のあるリーダーは共産主義の世界ではどうも少数派のようです。欧米由来の知識には商魂たくましく何かしらテクノロジー的、あるいは自動機械的な響きが添えられたものがあります。鵜呑みにすると牛刀で鶏を割くだったり、人間相手にパソコン操作のようなことをしかねません。先進国の中では例外的な存在とも言われる日本文明は、旧くは和魂漢才、近代は和魂洋才で発展してきました。次頁では日本化と日本型組織について記述してみます。