青草新吾の惺々著考 glocaleigyo

生産財の青草新吾1はリタイア。シニアの青草新吾2は複業で貢献を目指す。

118-1/2 日本型組織と強い機能集団

組織生産性や組織競争力の点で、強い日本型組織とは、強い機能集団を内部に編成できている組織といえそうです。

125で前述通り米国制度型組織であり日本運用型組織です。日本運用型組織は「集団への帰属意識を求心力とした役割構造を重視」しています。一神教に根ざす個人主義(In God We trust)の西欧では、組織とは機能体ですが、多神教アニミズム(自然崇拝)の日本では、組織とは集団です。日本型組織は集団ですから、目的合理性に加えて共同体的所属欲求が強く併存します。強い機能集団を編成できないと、内向きで怠惰な組織となり沈滞化して最後は腐敗・自己崩壊していきます。日本社会の生産性を押し下げる元凶となっている官僚共同体ですが、社会保険庁厚労省、最近のイージス艦事件では緊急事態であるにもかかわらず平時と同様に多段階で報告経路の間に割って入る高級官僚・・これらの事例からは、バブル崩壊直後に多くの大企業が、内向きで極度に硬直化した官僚主義(大企業病)からの自縄自縛で苦しんでいた姿と重なって見えます。堺屋太一氏は1995年11月に「組織の盛衰」*1の序文で「幸いにも、戦後の世界構造の中では、日本が目指した方向は有利だった。しかし成功が次の失敗に繋がりやすいのが組織の常である。その上、日本の職場組織は、本来の機能目的を忘れた社員共同体となる傾向がある。・・日本の企業が、過去の成功体験を脱して組織改造を行い得るかは、それぞれの企業の将来を決定する問題であろう。」と寄稿しておられます。日本型組織では、組織目的に対する機能体としての働きの有効性を検証するしくみ作り(見える化)がとても大切です。
日本研究者の山本七平氏は「日本人と組織」*2で「グレゴリー・クラーク氏の指摘するように、日本には組織はなく、その実体は集団(グループ)であり、その動き方には原則はなく情動的(エモーショナル)に外部的条件に対応していく。外部的条件への対応という点で日本は、西欧より勝っている。これが氏の意見である。・・・・クラーク氏の指摘した日本の長所は、同時に短所である。三つの前提条件が整えば氏の意見は正しい。最初に国際的条件の変化が、われわれが対応しうる能力の限界内にあること。次に対応すべき周囲が先進性をもっていること。この点の失敗は、戦前はナチスを先進性と誤認して自ら崩壊した、戦後は社会主義を先進性と見たなど。最後は対応すべき対象があること。この点からの能力喪失は大正期にも現れている。恐らく現代も。」と記述しておられます。
企業の組織形態に関しては、カンパニー制がブーム化した時期もありました。カンパニー制とは欧米企業でいう事業部制の純粋モデルですが、日本ではソニーが1994年に導入して先鞭をつけたそうです。そのソニーも2005年にカンパニー制を廃止して事業本部制に戻りました。カンパニー制から事業本部制へと軌道修正する企業が増えています。日刊産業新聞2008年1月15日付は「日鉱金属カンパニー制を廃止して、4月1日付で資源・金属カンパニーを金属事業本部、電子材料カンパニーと金属加工カンパニーを統合して電材加工事業本部に組織を改正する。日鉱金属は2006年4月に新日鉱ホールディングス傘下の金属系事業会社である日鉱金属(資源製錬)、日鉱マテリアルズ(電子材料の)、日鉱金属加工(金属加工)の3社を統合し、各社をそのままカンパニーとして再スタートを切った。その後、上流の資源は海外メジャーの寡占化による買鉱条件の悪化で収益が低下、その一方で電子情報産業は新興国経済の成長などで拡大傾向にある。下流電子材料と金属加工を強化すべく、事業本部制を導入することで、全事業の相乗効果を追及していく狙いがある。」と報道されていました。125で前述の小笠原泰氏が指摘するように、日本企業の運用型組織の多くは、役割の精緻化が進んで超弾性合金やエラストマー(Elastic Polymer)のように柔軟ではあるが変化しにくい組織になっています。内部構造を思い切って改革する場合には、一度はカンパニー制を導入して改革を行うというのも有効性が高いのかもあいれません。そして改革が一段落してしまうとやはり事業本部ぐらいの方がベターな企業が多いのだろうと推察しています。

*1:「組織の盛衰」堺屋太一ISBN:4569568513

*2:「日本人と組織」山本七平著 ISBN:9784047100916