155-2/2. 排出権取引で金づるニッポン
温暖化ガス削減の政策としては、宇沢弘文氏の“比例的炭素税”等々、日本ならでは衡平で実効性が高い複数の政策提案に賛同し、不公平で反倫理的な欧州基準の排出権取引には反対します。
京都議定書でカモにされてしまった日本は、8兆円規模の排出権購入に追い込まれていくことになりそうです。欧州基準の排出権取引とは、サブプライムと同じマネーゲーム振興の制度に他なりません。しかも最初から“日本は葱を背負ったカモ”に仕立てあげられています。日経新聞2009年8月11日付は「京都議定書で日本が約束した削減目標は90年比で6%。だが07年には逆に9%増え、12年までに合計で15%削減を実現する必要がある。政府は排出枠購入で一部をまかなう方針。 」と報道しています。・・・環境省や外務省の国際政治に対する緊張感を欠いた甘い認識と貧弱な交渉力で国民の血税と企業の汗の結晶がむしりとられていきます。戦後外交で最大の失敗だったといえる京都議定書は橋本竜太郎内閣が1997年12月に締結しました。環境庁長官は外務省出身の大木浩氏でした。その後、米国は“京都議定書には重大な欠陥がある”からと理由を説明して、2001年に京都議定書の枠組みから離脱しました。一方、日本は2002年2月に小泉内閣が閣議決定しています。官房長官は福田康夫氏でした。ポスト京都の枠組みが、今年2009年12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15(Conference of Parties 国連気候変動枠組み条約締結国会議)で決定されます。ポスト京都では1997年のCOP3京都会議の枠組みの根本的修正が渇望されます。
原丈人(じょうじ)氏とは、米国で多くのベンチャー企業の育成と経営に携わり、今は日本で公益資本主義を唱えながら国連機関大使として途上国支援に従事しておられる御仁ですが、その原丈人氏は、“排出量取引は世界のためにならない。”と明言しておられます。同氏は日経新聞2008年6月28日付で「排出量取引を導入しても世界の温暖化ガスの排出総量は減りません。また中国など京都議定書の非加盟国は排出削減に努めるより、排出枠を売って儲けようとしがちです。どの国にも排出枠を設定し、排出量取引など導入しないのが一番良い。・・・・すでに日本は排出枠を買い始め金づるになっている。最終的に最も多く買うのは日本になりかねません。・・・信用力の低い米個人向け住宅融資(サブプライムローン)で問題が発生して以降、次の投機対象として排出量取引が期待されています。欧州連合(EU)で広がる排出量取引では、証券化が進み、投機対象としてサブプライム問題と同じ過ちを犯す危険が大きいのです。・・・排出基準年の設定も問題で、京都議定書で決めた1990年という基準年は日本に不利で欧州は有利になっている。(ポスト京都では)05年を基準年に設定したり、一定期間の平均を基準にするなど、不公平が無いように(日本政府が強く)提唱することが大切です。 」と述べておられますが、全くの同感です。
衆議院議員の斉藤斗志二(としつぐ)氏は著書*1で「省エネにつながる温暖化ガスの排出削減努力は続ける必要があると考えますが、京都議定書を形式的に守るためだけに、排出権を外国から購入することは絶対にやめるべきです。排出権を、中国やロシアから購入することは、温暖化防止に役立たないどころか、むしろ温暖化を促進してしまいます。・・政府と産業界が計画している排出権の購入費用は、2008年で2兆円とも試算されています。この2兆円は、真に日本のため、世界のためになることに使うべきです。」と訴えておられますがまったく同感です。桜井よしこ氏は産経新聞2009年11月13日付で「世界は京都議定書を軸にCO2排出権取引に乗り出した。それは、一番頑張った日本が不当に罰せられる仕組みである。・・・米国のポールソン財務長官は“中国は07年、売ることのできる世界の排出権のうち、実に73%を得た”と報告している。その大部分を買う立場に立たされるのは、日本と見てよいであろう。・・・・・このままでは日本は優れた環境技術とともに巨額の資金を不条理にも吸い取られてしまう。」と憂い嘆いておられました。
サイエンスライターの竹内薫氏は著書*2で「科学とは無縁のところでドロドロとした儲け話がエコの名のもとに進行していたりする。・・・福岡伸一さんが、講演で“空気中の二酸化炭素は0.04%です。”と説明すると、会場の人たちはキョトンとしたという。福岡さんは“科学リテラシーを身につけるためには、数字に騙されてはいけないが、基本は数字で考えてみる癖をつけないといけない。”といっているのだ。・・・面白いのは、気候学者の多くは“温暖化は人間が原因”とし、(他方では)地球物理や宇宙物理の学者の多くは“人間も関係しているが、宇宙的な環境も関係している”としているところだ。理系社会はどうしても専門と専門外を分類してしまうので、環境問題だと、気候学者の発言が中心となり、(気候学者以外の)他の仮説は出回らない。」と説明しています。首都大学東京教授の宮台真司氏は著書*3で「今となっては温暖化問題の主要因が二酸化炭素であるかどうかはさして重要ではない。なぜなら今の環境問題とは政治問題なのだからです。国益に直結する問題です。政治問題である以上、政治的な取引を通じた恣意的な決定は避けられない。そのことを事前にどれだけ理解しているかが、各国の大人度合いを決めます。・・・ゲームは既に終わったのです。欧州各国の日本政府や経済界に対する欧州各国の冷ややかな見方とは“負け犬が、今頃になって何を言ってるんだ”ということです。今は、日本の主張が国際政治を動かす可能性はありません。環境問題とは、政治問題であることを、日本以外の先進各国は先刻承知です。」と、“環境問題で表の大義名分を本気で信じているのは能天気な日本人だけだ”と喝破しています。戦勝国組織の色彩が濃い国連に対する幻想、憲法9条があれば一方的に侵略されないという平和憲法幻想、欧州各国がアジアやアフリカで過酷な植民地政策を行い収奪したのとは逆に、日本は、収奪の反対で、台湾や韓国、満州に国家予算の多くを投入しました・・・歴史からみる欧州と日本の違いです。日本は表の大義名分に騙され易いというか、裏の利害紛争を読めないメディアと政治家、ひいては国民性といえるかもしれません。
京都議定書における欧州基準の排出権取引とは、米欧の金融資本主義、並びに削減義務を負わない中国やロシアが受益者となるように、そして日本が、資金供給者として国富流出を余儀なくさせるように、最初から仕組まれています。狩猟文明の代表選手ともいえる米欧金融主義者にとっては、排出権取引とは、かって植民地から収奪したのと同様に、日本の資金を吸い上げて自分たちが確実に儲かる美味い話です。排出権取引では、日本と日本国民が絶好のカモになっています。上述の桜井よしこ氏は産経新聞2009年6月12日付で「基準年を1990年にしたことで、京都議定書参加の155カ国中、実質的に削減を義務づけられたのは日本、米国、カナダとなった。米国は中国の不参加を理由に、カナダは目標達成の不可能を理由として、(京都議定書の枠組みから)離脱した。日本だけが(避難し損なって)残ってしまい、数兆円もの排出権購入に追い込まれている。米国のゴア副大統領が“不都合な真実”で“日本は、世界のGDPの約10%を占めるのに、CO2排出量は世界の3.8%にとどまっている”と指摘したように、最も優秀な省エネ国家が日本だ。・・・(158で前述したクリーン開発メカニズムだと)中国に技術移転し、CO2排出削減で中国に寄与して、中国で実現できた排出削減で中国が獲得した排出権を日本が買わせてもらうという型の中では、頑張った日本が、その頑張った分だけ、事実上、ペナルティを課せられるのであり、“中国にとっては、空から月餅が降ってくるようなもの”なのだ。削減義務を負わない国からは排出権の購入はしないなどの国際ルールも考えられるのではないか。・・・・地球温暖化をめぐる交渉とは経済戦争であり、国益をかけた外交交渉だ。国家の富を守るという点では安全保障問題でもある。“地球愛”という感傷的な言葉におぼれて、善意だけれども安易な譲歩に走ってはならない。 」と主張しておられましたが筆者/青草新吾は、すべからく同意見です。
温暖化ガスの排出権取引を行う取引所は、ロンドンとアムステルダムに開設されていますが、米国でも、オバマ大統領の出身地のシカゴに温暖化ガスの排出削減を行う気候取引所が開設されたそうです。オバマ大統領の支持母体でもあるゴールドマンサックスやヘッジファンドが開設資金を提供したそうです。排出権取引で米国はとても有利な立場にあります。一人当たりエネルギー消費量(=CO2排出量)では、米国は日本の倍です。温暖化ガスの排出削減では、米国は濡れた雑巾のように、国家目標として本気で取り組めば大幅な削減が可能です。排出権の産出国となることが十分に可能です。水力発電建設などで削減義務を負わない中国が獲得した排出権も米国に集めて、能天気な政治家・官僚と捏造メディアが跋扈するカモの日本から何兆円ものペナルティとして米国に還流させることで大いに儲かります。米国は、金融資本主義が基幹産業ですから、排出権取引でも世界制覇を狙っていると推定されます。米国のブッシュ大統領の主要な支持母体の一つが石油業界だったようですが、今のオバマ大統領の主要な支持母体の一つはウォール街だといわれています。米国のオバマ政権の経済チームには、金融資本主義のご本尊ともいえる剛腕なエリートお二人が参加しています。150[2009.2]で前述しましたが、ロバート・ルービンとローレンス・サマーズのお二人は、クリントン政権下で “グラム・リーチ・プライリー法=金融サービス近代化法”で、1929年の大恐慌の経験からの知恵として制定された銀行業務と証券業務を分離するグラス・スティーガル法を葬り、サブプライムやCDSなるインチキ証券による世界金融バブルを促進しました。オバマ政権で財務長官を務めるティモシー・ガイトナー氏はこの剛腕なお二人に連なるお方のようです。
そもそも排出量とは、どのような測定結果なのでしょうか? 日経新聞2009年6月22日付で「2007年度に日本国内で排出された温暖化ガスは13.74億トン。これは実際に測ったのではなく、あくまで推計です。排出量とは、化石燃料が国内でどれだけ使われたかなど(の石油消費量)を調べて、排出係数と掛け合わせ、総排出量を計算しているのです。排出係数とは、ガソリンや石炭を燃やしたときに排出される単位当たりで排出されるCO2量です。計算するのは国立環境研究所のインベントリオフイスです。7人の担当者を中心に、総合エネルギー統計や、自動車輸送統計など多くの統計を使い約4ヶ月かけてデータをまとめています。日本は化石燃料の燃焼によるCO2排出が温暖化ガス全体の9割近くを占めています。統計が整備されているうえ、計算方法の改善も重ね、“日本の排出量の誤差はプラスマイナス2%程度で、精度は世界トップクラス”といいます。正確な計算が難しいのは、化石燃料以外の部分です。牛など家畜のげっぷや水田から発生するメタン、空調機器の冷媒から漏れ出る代替フロンなどで、家畜は種類別の排出量と頭数を掛け合わせて算出します。農業国はメタンの量が多く、ニュージーランドは家畜のげっぷからの排出量が全体の半分を占めるそうです。」とまとめてくれていました。
このような“推計の排出量データ”に金銭価値を掛け合わせてマネーで決済して取引するについて、東京大学名誉教授の宇沢弘文氏は“排出権取引は虚構。省エネ対策に尽力した国が損をするおかしさ。”と主張しておられます。筆者/青草新吾も同感です。次頁で記述します。
*1:「ついにみつけた日本の進路」ISBN:9784819110525
*2:「理系バカと文系バカ」竹内薫著 ISBN:9784569706436
*3:「日本の難点」 ISBN:9784344981218