青草新吾の惺々著考 glocaleigyo

生産財の青草新吾1はリタイア。シニアの青草新吾2は複業で貢献を目指す。

163-2/2. グローバル化と曼谷騒乱

4月末の曼谷(バンコク)訪問の際に赤シャツデモ隊の繁華街封鎖の現場の横を通りましたが、西洋近代の終着点としてのグローバル化の歪みについて考えさせられる現場でもありました。

“21世紀はアジアの時代”と言われ始めて久しいのですが、リーマンショック以降は、パラダイムシフトが加速しており、アジアの時代の勃興も加速しています。さて泰国の今回の騒乱ですが、騒乱とは無関係の銀行やデパートが焼き討ちされましたし、今日の朝刊2010年5月23日付は「デモ隊が持っていた武器が多数発見」とあります。デモにしてはやり過ぎです。何が目的でこんなことまでやるのか?騒乱を焚きつけるタクシンさんなるお方は、日本で言えば小沢さんや民主党でしょうか・・。派手なバラマキ地方貧困層の支持を獲得したといわれていますが、バラマキを約束して票を集めるのは買収行為であり、不正選挙行為なのではないでしょうか。タクシンさんそのものは中華系のお方で、政府を牛耳ってからは権力の濫用などで不正蓄財をなさったようです。不正蓄財の代表的な事業が携帯電話のような通信事業の許認可権の濫用だったそうです。数年間で数千億円もの蓄財をなさったそうで、このお金が今回の騒乱の軍資金で使われています。デモ隊もアルバイト参加者には日当1千バーツが支払われるとも聞きましたが、日当を10千人に支払うと日当り支払額10百万バーツ、円換算で約30百万円です。払い続けるのが1千日としても、タクシンさんにとってはたかだか1百億バーツ、円換算で3百億円程度タクシンさんの蓄財からいえば1割程度でしかありません。地方の農民煽り立て自身の勢力拡大に利用する動きは歴史上、多くみられます。
かって1949年頃支那大陸では、貧しい農村を中心にして中国共産党が支持を獲得し、都市部を基盤とする中華民国政府を追い出して中華人民共和国建国しました。その後、中国共産党は、チベット王国(現チベット自治区)や東トルキスタン共和国(現ウイグル自治区)を侵略し、多くの虐殺が行われたとの証言や証拠が多々残っています。中国国内でも1970年前後の文化大革命では犠牲者数千万人と伝えられています。ソフトブレーン創業者の宋文州さんはこの頃に一家離散で生き延び、親類の方は生き埋めで殺されたという過酷な経験をされた御仁のようです。中国共産党は、農村を動員し続けたのですが、都市部と農村の貧富格差は拡大する一方でした。中国の都市部と農村部の格差はとてつもなく大きなものです。この文化大革命カンボジアにも輸出されました。中国共産党に後押しされたカンボジア共産党(クメールルージュ)と武装組織のポルポトが1975年にプノンペンを制圧してからは「腐ったりんごは箱ごと捨てる」と都市部のインテリ層を虐殺し、仏教を弾圧しました。1977年ベトナムが侵攻し、ポルポト派を追い出した跡で、多くの虐殺現場を掘り起こして公開しました。国際機関の調査結果は開きがありますがポルポト時代に殺害された犠牲者数1-3百万人だそうです。ポルポト派を後押ししていた中国共産党軍は「懲罰」と称してベトナムに侵攻し中越戦争が起こりました。ポルポト派の虐殺については、生き残った方々の多くの証言が凄惨でお聞きする度に悲しくなったのを思い出します。歴史で同じことは起きませんが、スパイラル変化でよく似たようなことが繰り返して起こります。1997年アジア通貨危機は、7月に泰国から始まりました。アジア各国の通貨が急激に下落しました。グローバル金融の怪物がそれまでののんびりとしたナショナル経済を押し倒した瞬間でした。そして10年後の1997年と1998年は世界金融危機で、グローバル金融の怪物もよろめいてのたうちまわりました。西洋近代の帰結ともいえるグローバル化は“西洋近代の行き詰まり”をもたらしています。16世紀以降は大西洋を挟んだ地域の西洋文明のエネルギーが高まってきましたが、これからは相対的に弱まり、太平洋を挟んだアジア太平洋地域の文明のエネルギーが相対的に高まっていくような気がします。西洋主導の近代化は、人間が自然を支配するという実に傲慢な世界観ですが、現実はその逆で、人工的な部分が膨張すればするほど、不確実性が高まるばかりです。
日本文明自然との調和人間も自然の一部という世界観で発達してきましたが、明治維新以降の西洋化、特に敗戦後のGHQ占領を経て欧米的な物質文明の影響が支配的となり自然を支配するという思考様式に転じています。例えば、科学的にはまだ「温暖化の原因は不明」なのであって炭酸ガス起因説は仮説であって事実ではありません。「温暖化によって大気中の二酸化炭素が増えているのか」あるいは「大気中の二酸化炭素が増えているから温暖化が進むのか」が科学的には解明できていない段階であるにもかかわらず、「地球温暖化2度以内に止める」と目標設定しようとする政治的な動きがあったりします。「政治で自然をコントロールするなど無茶」です。そして同様な思考パターン金融業界でも支配的です。
世界中を震撼させた米国発金融危機とは、人間が自然や社会の現象を予測したりコントロールできるという驕りが満ちています。慶応大学教授の池尾和人氏はディリバティブトレーダーのナシーム・ニコラス・タレブなる御仁が上梓された“ブラックスワン”の書評を日経新聞2009年8月2日付で「百万回目撃した白鳥が白かったからといって、黒い白鳥がいないという証明にはならない。現代社会では、人工的な部分がますます大きくなる中で平均的な処理を許さないような不確実性が、支配的になっている。しかし他方では、“平均的処理でリスクが管理できるかのような幻想”はむしろ強まっており、そうした慢心の中で(滅多に起こらないが起こってしまえば大変なことになってしまう)テイルリスクは、無視されるというよりも、積極的に引き受けるべきものとなっていった。その結果が今回の金融危機だと解釈できるところがあり、危機が顕在化するタイミングで出版された本書の原著米国でベストセラーとなった。それから2年が経つ。・・・われわれがいかにものを知らないか(無知の知)という本書の意義は依然として大きい。 」との書評を寄せておられました。同じく日経新聞の同日付では「市場の変動は机上の計算よりも、はるかに意外性と多様性に富むようだ。リーマン・ショック1年の機会に、肝に銘じておくべき教訓だろう。・・・・過去のデータから期待収益率をはじき、それがどのていどぶれる可能性があるかを“確率的にとらえるリスク管理手法”は、今の資産運用の主流だ。だが“現実は想定外の結果”が出ている。・・・金融商品の収益率は正規分布に近いばらつきになると仮定されてきた。厳密な証明はされていなかった。・・・この仮定に疑問を呈してきた学者もいる。数学者のB・マンデルブロ米エール大名誉教授だ。米デリバティブトレーダーのN・タレブ氏は、話題の著書“ブラック・スワン”で正規分布の妄信を批判している。物理学的な手法によるマーケット分析で注目を集める高安秀樹ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーは“実際の金融商品の収益率は正規分布よりもばらつきがはるかに大きくベキ分布になっている”と語る。問題はベキ分布だと今までのようなリスク管理手法通用しにくいこと。 」
一橋大学名誉教授の篠原三代平氏は、日経新聞2009年6月14日付の私の履歴書で「英米が世界をリードした時代には、ブーメラン効果が重要な役割を果たしていた。輸出相手国に進出して安価な製品を現地生産すると、その製品が逆流して、輸出国に大量に輸入されるようになる。私がブーメラン効果を執筆したのは“新製品の輸入・技術導入から、その国内生産へ、国内生産拡大で輸出へ、輸出増大で対外直接投資で現地生産へと”と順を追って変化していく経済活動、つまり赤松・バーノン流の“産業発展雁行形態論”を拡充し、それにブーメラン現象を追加してみてはどうかと発想したからであった。・・・・英国が最も繁栄した1850-80年には、その間の世界貿易が2.7倍に拡大したのに対し、英国の輸出は3.4倍に拡大している。米国も、輸出総額に対する輸出超過額(輸出額から輸入額を差し引いた額)の比率は、1896-1914年の18年間は29%、1914-18年の4年間50%近くにのぼっていた。が、1960年代後半辺りから黒字基調が崩れ始めた。・・・・1986年に北京の国際会議で、中国側参加者から“日本企業の中国進出は不十分である。この会議にはブーメラン効果などという新しい言葉を使って、企業進出に警戒を示した日本の専門家が出席されているが、ぜひご意見を聞きたい”と質問された。私は、ブーメラン効果を発表して以降に気がついた“正”のブーメラン効果、つまり、日本企業が進出して中国の機械工業が成長すると、日本から中国に機械部品が輸出されるという(ブーメラン効果とは)正反対の現象も発生すると説明した。・・・“壮大な動学”といわれるシュンペンターの発展理論でさえ、このような資本主義のダイナミックスに全然触れていないのが残念だ。」と述べておられました。
冒頭の曼谷の騒乱に戻りますが「西洋近代の終わりの始まり」ではないかと感じています。日本もそうです。政権党の自民党には利権を求めて多くの政治屋が集まりました。「儲かるから自民党」との輩が跋扈して、政官癒着日本を弱体化させてきました。そして最後は民主党派手にぶち壊して終わりそうです。かっての国外駐在の経験や、最近ではアジア出張のたびに感ずるのですが、「アジアでは“日本政府だけが孤立”して愚昧行為(おろかで道理もない行為)を繰り返し」ています。日本の外務省では少なからぬ方々が{国益追及よりもその場を事なかれで済ますことを優先}して行動しているようにしか見えません。日本は霞ヶ関の政官癒着を縮小させて「地方分権を加速して、霞ヶ関機能の見える化」を進めることで、霞ヶ関起因国富流出国益毀損を止めなければなりません。グローバル化すればするほど、政治の国際競争力格差が企業の事業展開にも影響を及ぼすようになる一方です。このままでは日本を諦めた企業が必要以上の国外シフトに走ってしまい、若者の雇用が更に少なくなっていく悪循環の勢いが強くなるばかりです。筆者/青草新吾は、今ある収入の分配論や分捕り合戦よりも成長戦略、つまり日本国の「社会基盤を担う企業事業活動の活性化」を支援する政策を切望して止みません。