121-1/2 日本型組織とISO9001
ISO9001に代表されるISOのマネジメントシステム(MS)が文明の利器となるか、逆に無用の長物となってしまうか・・は導入企業の組織文化や経営システム次第といえるかもしれません。
お酒(日本酒)の味は素材(水と米)と腕前(杜氏の麹造り)で決まりますが、同様に経営ツールの有効性も素材(組織品質や風土)と腕前(経営幹部のリーダーシップ)で決まります。ISO9001はツールですから、酒造りでいえば酒造りの道具です。道具の有効性は、素材と腕前で決まります。日本企業の共同体的要素は薬にも毒にもなると128で前述しましたが、ISOのマネジメントシステムも同様です。
ISOのマネジメントシステム8原則の原型は、デミング14原則が原型だそうです。そのデミング博士ご自身はISO9000について最初は「役に立ちそうだ」との反応であったのが次第に軽蔑的になっていったそうです。無駄な書類の増加や数値結果だけの形式的管理など、真の品質や各工程の作りこみなどが軽視されていることの弊害を感じ取っておられたのかもしれません。志を持った経営者や組織であれば、ISO9001を有効なツールにできますが、内向きの官僚的形式主義が蔓延する組織では、弊害増幅の傾向にあるようです。ISO9001を有効活用するためには、ISO9001に内在する弊害を知っておくことが必要です。デミング博士は「頑張るだけでは駄目。まずは最初にやるべきことを知らねばならない。頑張るのはそれからでしょう。」(It is not enough to do your best. You must know what to do and then do your best, )という名言を残しておられるそうです。デミング博士と日本企業の相互作用の歴史を振り返ることで、ISO9001に内在する弊害が浮かび上がってきます。
統計学者のデミング博士が提唱したデミング理論は米国では今ひとつ売れなかったようですが、日本では品質マネジメントの中核的思想として浸透していきました。デミング理論の真価に注目し、現場の実践で肉付けを行い実証していったのが自動車や電機などの日本企業です。GHQのスタッフとして来日していたデミング博士が日本で最初の講演をしたのが1950年。共鳴した先駆者の方々が研究に着手し、5年後には品質管理誌にデミング・サイクルとしての紹介論文が掲載されたそうです。デミング博士の統計学を活用した品質のマネジメント手法は、多くの日本企業のQC活動で燎原の火のごとく広がっていきました。世界中でメイドインジャパン(made in Japan)が高品質の代名詞になっていきました。129で前述通り、1982年に英国のサッチャー首相が松下電器(パナソニック)などの日本企業を見学してその価値が見直され、前述のBS5750となり、ISOへと発展しました。尚、米国では1980年に登場したレーガン政権は、1987年にマルコム・ボルドリッジ賞(経営品質賞)を創設しています。英国も米国もリーダーに恵まれ、日本企業の品質管理を参考にして、より普遍的なマネジメントシステムを促進奨励したというのが特筆されます。この類稀な国家リーダーの登場で、1990年以降の両国の経済復活が目覚しいものでした。
物事には全て裏表と功罪の二面性があります。ISO9000シリーズに係る影の部分となる負の連鎖は「手間とお金で買える認証」という現象です。これに加えて日本に限定される特徴的な弊害が「少なからぬ大企業品質保証部署による過度の形式主義や権威主義による効率悪化、大企業による大企業病の強制感染とでもいえる現象」です。以下のISO9001負のスパイラルhttp://www.n-souken.com/news/news243.htmlで判りやすく記述されています。ツールが薬になるのも毒になるのも組織品質や組織能力次第といえるかもしれません。
明確な組織目的と目標が共有されている組織においてこそマネジメントツールが役に立つといえます。トヨタ生産方式*1という経営思想は、品質向上がコスト削減に直結することを実証しました。デミング博士が提唱した統計的手法に基づくマネジメントというツールは、トヨタでは余すことなく生かされました。2008年3月17日に中産連(中部産業連盟)主催のモノづくり応援フォーラム第10回の応援講演で、トヨタ自動車の三浦憲二氏(常務役員/生産調査部担当)が「トヨタ生産方式で大切なのが土台作り。トヨタ生産方式(の階層イメージ)は、最上層のトヨタウエイから順番に、トヨタウエイ>二本柱(ジャストインタイムとニンベン自働化)>標準作業>技術と基本技能>文化・環境、という構造。土台とは、下から二層目で自分で勉強することで培われる基本技能と技術、及び最下層にある文化や環境。最下層の文化や環境では、現場を掌握している監督者の有無が重要。監督者がいる職場ではできるが、いない現場ではできない。監督者がいるかいないかは、現場に入って、試しにこうしては?と投げかけることで現場の実態が判る。監督者がいる職場ではすぐに試してやってみようとなる。反対に監督者がいない職場では、相談してみないと・・・、労働基準法が・・・などと問題点ばかりが出てきて、結局は何もしない。」と述べておられました。
日本の組織は、125から128にかけて前述通りの運用型組織であり、薬にも毒にもなる共同体的要素を持っています。共同体的要素を良薬に転化できた企業では、ISO9001も有効なツールとなりますが、共同体的要素が毒になりやすい企業では、ISO9001も官僚的で技術的で形式的な文書が増えるばかりで、実効が上がっていないようです。ITとインターネットの普及は、基礎知識の格差を拡大する傾向にあります。基礎知識がある人や組織は情報の取捨選択ができますが、基礎知識が乏しいとノイズ情報に振り回されやすいからです。同様にマネジメントシステムの普及は、組織品質や組織能力の格差拡大を促進しているのかもしれません。一方で組織品質や組織能力が不足しているような場合でも、経営トップのリーダーシップ次第では、経営改革のツールとして活用できた事例もあるようです。次頁ではNKS代表取締役社長/松尾茂樹氏の事例を記述してみます。名古屋に本社をおくNKSは機器校正(Calibration)と設備装置の実証(Validation)を主力事業とし、ISOを導入しそれを徹底させることで経営変革を行った企業です。