青草新吾の惺々著考 glocaleigyo

生産財の青草新吾1はリタイア。シニアの青草新吾2は複業で貢献を目指す。

182. 工作機械産業で「すでにおこった未来」

耐久生産財を代表する工作機械でも、自動車などの耐久消費財の国外生産拡大に引き続いて、国外生産の動きが活発になってきました。

  FA産業機械の市場動向を通して産業構造の変化が見えてきます。特に工作機械業界は、強い国際競争力に支えられて、輸出一辺倒でやれてこれましたが、金型産業自動車産業を主要顧客分野とするだけに、金型産業や自動車産業国外生産拡大に引きずられるように国外生産に乗り出す事例が増えつつあるようです。特に2008年のリーマンショック以降、日本の産業界をとりまく外部環境の変化スピードアップしてますから、今後の変化を洞察していくうえでドラッカーの「すでに起こった未来を体系的に探す」視点から、工作機械業界の過去20年間くらいを以下でレビユーしてみます。
  筆者/青草新吾は生産財営業の駆け出しの頃、1983年頃に、顧客企業のエンジニアメンバー名古屋市に近い大口町山崎鉄工所(ヤマザキマザック)を見学させてもらったことがあります。生産設備をコンピュータで集中管理し、生産品種を柔軟に変更できるFMS(Flexible Manufacturing Systems)を見せてもらうのが目的だったと記憶しています。「ロボットがロボットを造る」という表現が決して大袈裟ではない目の前の現実はとても新鮮でした。前年の1982年に、工作機械生産額米国と逆転して日本の工作機械産業は世界首位に躍り出ていました。正に工作機械産業の黄金時代でした。当時は、日本国内での設備投資が活発で、日本は工作機械の最大市場でもありました。
  1987年には、東芝機械ココム違反事件がおきました。東芝機械の工作機械がココム規制に違反して共産党支配のソ連に輸出され、その結果、ソ連原子力潜水艦の探知が困難になったとして、東芝機械にペナルティが課された事件でした。当時、筆者/青草新吾が勤めていた某商社でも輸出に係る予防処置としての社内規制が強化されました。
  筆者/青草新吾が感ずるところでは「潮の流れ変化」は1995年頃だったように思います。1995年頃に「工作機械産業と金型産業バリューチェーン」の中身が大きく変化しました。CNC(コンピュータ数値制御/ Computerized Numerical Control)を搭載した工作機械(CNC製造装置)が金型製造で使われるようになり、12[2006.5.6]と13[2006.5.7]で前述しましたように数千工程にも及ぶ金型製造のかなりが自動化されました。CNC工作機械の登場で、チャイナ(支那)やアジアのローカル企業でも汎用性が高い金型を製造できるようになりましたから、日本国内では「高度な金型を造れる企業」が生き残る時代に入りました。
  例えば「汎用の研削盤などの工作機械を使わないと製造できない金型」を造れるとか、12[2006.5.6]で前述した伊藤製作所のようにフィリピン(比国)に進出し「設計を比国で行い、最終加工を日本で行う逆張りモデル」のような事例もあります。日本以外の国外での金型生産CNC工作機械の登場で勃興しました。
  その後、89[2007.5.7]や90[2007.5.12]で前述しましたように、台湾企業深セン(Shenzhen)を中心とする中国大陸への進出ラッシュが起こり、更に1997年7月に泰国から始まったアジア通貨危機で、多くの日本企業がアセアン投資を凍結又は縮小して支那中国に向かう流れが出て、これに欧米企業も加わって、支那中国の経済高度成長が始まりました。支那中国では台湾系EMSに加えてローカル企業も事業規模に弾みがつきました。・・・・その後、2004年支那中国の上海電気集団による日本の池貝買収2006年豊田工機と光洋精工の合併によるジェイテクト誕生、などがありました。
  2009年には、工作機械生産額で、支那中国の生産額が日本を抜き、日中が逆転しました。日本は、1982年に米国を抜いて以降、守り続けてきた首位を27年ぶりに中国に譲りました。この時点の超大雑把な生産額イメージは、支那中国109.5億ドル78.2億ドル日本58.9億ドルです。日本の生産額はリーマンショックの影響で、前年の140億ドル弱から56.5%減でした。Wedge 2010.7月号は「最近の工作機械は、NC装置を購入すれば、簡単に製造できる」と記載していましたが、デジタル家電で多くの日本企業が守勢に立たされたのと同じような流れです。2009年は、日本の工作機械生産額がボリュームで日中逆転したのみならず、受注額内訳で、国内向けとアジア向けも逆転し、アジア向けが日本国内向けを上回りました。2010年は更にアジア向けの割合が高まっています。
  上述Wedegeは「(支那中国で)需要が好調なのが米アップルiPadを受託生産する台湾系最大手の鴻海精密工業(Hon Hai)はじめのEMS。ヤマザキマザック上海に続いて、廣州(Guanzhou)と大連にもテクニカルセンターを設置、一方で中国は共産党支配の国なので旧ココム規制並みの厳しさを持つ“国際条約・国際輸出管理レジー”に基づく先端技術に対する輸出規制もあるので、5軸制御などの高精度加工機などは輸出規制の対象となる。」と紹介していました。最近の日経新聞の報道では、初の国外生産に乗り出す工作機械中堅としてOKKがタイ(泰国)で、豊和工業支那中国の天津(Tianjin)で、ヤマザキマザックは米、英、中、星(シンガポール)で合計4カ所の生産拠点の最適化として、自動車部品などの加工で使う低価格の普及機は、国内生産を止めて、米国工場(ケンタッキー州)から日本へ逆輸入開始森精機製作所は2012夏に米国加州で工場を立ち上げ、更に支那中国で初の製造拠点を設けるため、欧州最大手の独ギルデマイスター、中国最大手の瀋陽機床3社合弁の生産会社を設立する交渉を進めているそうです。
  工作機械の最大需要分野は金型産業並びに自動車産業電子電機産業ですが、これらの主要顧客産業国外生産の拡大に加え、180[20114.10]で前述したEMSの台頭などで、日系でない現地ローカル需要も増えて、いまや外需が主体に変化しました。製品企画や設計開発を含めた広義の“ものづくりの能力”は、“需要の湖(市場)”の中でしか開発力と製品化力を維持することも高めることもできないとすれば、自動車産業の国外シフトや金型産業の衰退で、工作機械産業も衰退することになりかねませんから、踏ん張ってグローバル化していくことになるのだと思います。
  永田町の政治が機能せず、霞が関の官僚集権行政と、重要課題を掘り下げるよりも瑣末なスキャンダルを“一方向から騒ぎ立てるサヨク的メディア”が負のスパイラルで複雑に絡み合う今の日本では、国家的課題放置されたままですが、182[2011.8]で前述しましたように、貿易赤字になればデフレ解消の方向に向かうということのようですから、日本国再建のきっかけの一つになりえます。グローバル競走勝ち残る企業増えることは、日本国民にとっても、進出先の国民にとっても善いことです。その場合の副作用である既存産業の雇用減は、医療介護農業、などを非効率官僚社会主義統制経済から解き放つような“税金を使わない成長戦略”(=規制緩和、即ち既得権益と官の癒着のガラガラポン)で埋めていくのがよかろうと考えます。
  ダボス会議を主催する世界経済フォーラムが9月7日に発表した「2011年版世界競争力報告」は、世界的にも図抜けた競争力を持つ日本の製造業と民間部門の足を、世界最低レベル日本政府の政府部門が大きく足を引っ張っている構図そのものでした。報道によれば、民間部門は、生産工程の先進性、技術革新力研究開発投資顧客優先度などで首位。対する政府部門では、日本政府は、政府債務世界最低142位、他に財政収支135位農業政策138位。日本国全体の競争力は、世界最低レベルの政府部門に足を大きく引っ張っぱられながらも世界9位との評価でした。ちなみに“成長性を重視するIMD(経済開発国際研究所)の競争力評価”では、日本国は26位とのことです。世界最低レベルの競争力しか持ち合わせていない日本の政府部門でばら撒かれる給与、つまり国家公務員の給与が世界最高レベルの競争力を持つ民間部門より大幅に上回る日本の異常さは理解に苦しみます。
  半導体産業新聞2011.9.21付けで永田隆一氏が「日本の公務員は、一人当たりの収入が、諸外国の2-2.5倍。日本国内では、職種別に民間に委託した場合と比べると、バス運転手民間の4.52百万円に対し公務員は8.11百万円公用車運転手民間3.07百万円に対し公務員10.94百万円学校用務員は民間の3.32百万円に対し、9.39百万円、給食調理員は3.52百万円に対し公務員8.89百万円、ごみ収集員は民間5.00百万円に対し公務員9.47百万円。」と指摘しておられました。みんなの党江田憲司氏が国会で「民主党の公約であったはずの“公務員給与二割カット”を公約通りに実行すれば、国家公務員だけで年間1兆円、10年間で10兆円が捻出できるから、震災復興に名を借りた増税など不要ではないか」と質問に立っておられましたが、まったく同感です。デフレ下で増税するのは無茶ですが、平時であっても経費構造を変えず増税だけしても問題を先送りするだけです。