青草新吾の惺々著考 glocaleigyo

エコシステム型の生産財営業でイノベーション共創と好社会を目指す。

2007-11-25 107-1/3 組織論で自己愛障害リスク

組織論の上で自己愛障害リスクとは、営業(事業を営むこと)、即ち顧客に付加価値を提供して売上と収益を稼ぐという根本業務の能率低下と自分のやるべき仕事をこなすことに重きをおく仕事志向の社員の士気低下にあるようです。

自己愛パーソナリティキーワードは、仰々しさもったいぶり自己演出」であり、反対に自己愛パーソナリティではとても不可能なのが「自然体と過去・現在・未来へと繋がる連続的思考」と114と115で前述の八幡洋(やはたよう)氏が述べておられます。この自己愛障害の対極にある自然体連続的思考(過去・現在・未来)こそは商売人ビジネスマン持続的成功イメージそのものです。高い現実検討能力と高い実行力こそが持続的成功で必須の能力です。商売人やプロのビジネスマンの対人思考力とは、極めて具体的で、現実の様々な制約の中から実現可能なことを着実に実行して成果を持続的に編み出していきます。現場・現実・現物の三現主義や、原理原則の2原を加えた5ゲン主義が日常の規範として浸透した組織では自己愛障害の幹部が登用されるリスクは少なそうです。逆に、一般論や抽象論と形式データのもっともらしい議論が横行する組織では、自己愛障害の幹部が跋扈する危険性が高そうです。
自己愛障害の幹部が登用され、113で前述の虎の脅威を作り出してキツネとしてふるまいだしたり、115で前述の特徴「自分はふんぞり返ったままで努力しなくても、期待通りに周囲が動いて成果を出していくなどと、自分に都合が良い周囲勝手なシナリオ自作自演するが、思い通りにならないと、うまくいかないことをことごとく他者のせい(他責)にして、自分を正当化するために他者の悪口言って回る。」と113で前述した他者の誹謗中傷をして回る厄介者になり、組織が腐りだして生産性低下が始まります。
職場の身近な事例に置き換えて考える場合は115で前述の精神医学者・心理学者の小此木啓吾氏の著書「困った人たちの精神分析*1が役に立ちます。以下で抜粋します。
以下抜粋[思い込みが病的だと妄想になります。自己愛妄想とは「快楽自我が自分を支配する、つまり空想的な快楽の中の自我(快楽自我)のほうが、現実の自分(現実自我)よりも大きくなっている」状態です。・・・・・・(自己愛妄想では)主観の中の自分がきちんとしていることが大切なのであって、(現実の中の自分、即ち主観の中の自分が現実生活の中で)どの程度に実行し実現できているかにはそれほど大きな関心がない。(口先で言ってる立派なことと実際にやってるお粗末なことが大きく食い違うのはこのためで、)このように主観と客観があまりにも大きく隔たり、自己矛盾している心の状態を自我の分裂(エゴ・スプリット)という。・・・・・タテマエ部長は人にはすごく厳しい。主観的なタテマエでものをいう。人には厳しく主張していることを、肝心のご本人守れなくてミスをする。現実のご本人は、幼く自分勝手で、感情的で利己的なのだ。タテマエ部長が困るのは、本当に自分がタテマエ通りの存在だと思い込んでいることだ。主観の中では、自分は、自分の話は理路整然とし、自分は正義正論に従っている、と本気である。(主観の中だけの自分と、現実の)自分自分で判っていないから身近な人が困ることになる。・・・(程度が悪化していくと)・・・ヒトラー麻原彰晃に共通するパーソナリティの障害は、自己愛妄想型の障害である。悪いのは敵であり悪魔であると、自分たちを妨害する迫害者を想定し、自分の自己愛の傷つきの原因を外敵のせいにしようとするヒトラーの場合には、ユダヤ人をこのような外敵とみなし、次第に戦争の使命をユダヤ人抹殺に置き換え、ユダヤ人をこのような迫害者に仕立てて、逆に迫害し抹殺しようとした。・・・・このタイプの人才能や能力に恵まれなかったりすると、アルコールを飲んで別人格のようになって、酩酊状態で思いがけないトラブルや行動に走ったり、そうした人格の病理をあらわすことになる。]以上抜粋、と記述しておられます。
京都医療少年院勤務で精神科医岡田尊司(おかだたかし)氏は著書*2で「リーダーたるものが、自分の自己愛にこだわるレベルの人物なのか、自己愛を超越した一貫した理念と方針に基づいて人々のために行動している人物なのかを、よく見極めなければならない。リーダーが不健全で、歪んだ自己愛を抱えている場合、組織の方向誤らせる。そのバランスの悪さは、物事の真偽や重要性よりも、リーダーの自己愛に媚びるかどうかで、その可否が判断されやすくなる。」と述べておられます。
二十台くらいまでは同じような自己愛障害でありながらも、年とともに自己愛障害を改善し魅力的な人物に変化していく組織にとっての有望株も多々ある反面では、年とともに捻じ曲がって悪化していく組織にとっての危険因子の両方が実在するようで、上述/岡田尊司氏は別の著書*3で「パーソナリティ障害は、変えることができる。年ととともに、多くのパーソナリティ障害改善していく。重いパーソナリティ障害を抱えていた人も、問題や困難にぶち当たりながらも必死に生き抜いてきた人は、三十代半ばくらいから落ち着いてくることが多い。そうすると、とてもいい持ち味を発揮するようになる。逆に、若い頃はそうでなかったのに、年とともに、性格がいやらしく、捻じ曲がってくることもあるし、傲慢になったり、横暴になったりすることもある。結局、その人の生きてきた人生が、現れるのである。」と、また「偉くなって、管理職になると人柄が変わってしまう人がいる。そうした(歪んだ自己愛を持つ自己愛障害の)人物を上司にもつと、部下は最悪である。生産的な改革向上が阻害され、欠点やアラ探しばかりになってしまうのだ。減点法で採点すると、こういう人物は、ボロを出さないので、しぶとく出世したりする。」と述べておられますが同感です。パーソナリティ障害克服していける人は企業にとっては有望な投資で買いですし、反対に責任と権限の範囲が大きくなる40代でもまだ克服できていない人、あるいは年とともに捩れて悪化していく人が企業組織にとっては危険因子といえそうで、113で前述の一橋大学大学院教授の沼上幹氏が著書*4で記述しておられる取引環境マネジメントの中の政治的吸収(天下り)で紛れ込むリスクが高そうです。次頁117で更に上述岡田尊司の著者と人格障害一般について考察を加えていきます。