青草新吾の惺々著考 glocaleigyo

生産財の青草新吾1はリタイア。シニアの青草新吾2は複業で貢献を目指す。

2012-06-23 185-2/2 自動車産業の構造変化

日本の自動車産業は“外国での現地生産地産地消”を加速していますので、薄型テレビのような“日本勢総負け”ということにはならないと思います。

日本の自動車産業は初期の“完成車組立”から“現地での部品組立”へと進み、今や“部品の完全現地生産”に向けて、素材部材(マテリアル系生産財)までも含めた“地産地消”の段階に入り、裾野産業の産業集積レベルでの国外シフトが加速しています。
薄型テレビでは韓国勢圧勝の裏表で日本勢完敗となりました。但しセットの中に入る電子部品部材日本勢が過半のシェアを維持しています。とはいえども、セットやパネルの産業吸引力たるや大きなもので、FPDパネル部材メーカーの多くが、韓国での現地生産開発拠点拡充を進めています。本稿でも82[07.3.17]から92[07.5.26]のシリーズで整理しましたが、当時はまだ日韓は互角の段階でした。しかし今は日本勢完敗の状態が明らかとなりました。この劇変の中で、昨年2011年に台湾鴻海精密工業を率いる郭台銘(テリーゴー、Guo tai ming) 会長から日本勢に対し「日台組んで戦おう」との誘いが始まり、シャープがこの誘いに応えました。同会長は「シャープ堺工場改め“スーパー10(サカイ・インターナショナル・オペレーション)”を世界最強パネル工場にして株式上場する」と表明し周囲の関係者に明るい展望を示してくれました。
自動車産業でも激変が進行中です。本稿でも最初の方、08[06.4]~12[06.5]、21[06.6]、69[06.12]~71[06.12]あたりで寄稿しましたが、当時はトヨタなど日系自動車メーカーが昇り竜の全盛期でした。リーマンショック(2008.9)以降の大きな波大きな変化が進行中です。現象面でいえば、フォルクスワーゲン(VW)と韓国の現代自動車の勢いがとても強くなっています。自動車産業パラダイムシフトには大きくは二つの流れがあります。一つは、世界の自動車生産台数が「2015年1億台を超えるだろうといわれる新興国需要爆発的拡大であり、もう一つはハイブリッド車EVといった環境対応車と軽量化への技術転換です。“2000年以降の日本経済を支えてきた自動車産業”ですが、歴史の転換期のうねりの中でどのように変化していくのか、幾つかのシナリオがありえます。新興国需要の拡大で、日本の自動車産業現地調達も“完成車生産のための部品現地調達”から“部品生産のための部材現地調達”の段階へと入ったことで、日本国内の裾野の素材や部材の領域では産業集積レベルでの大きな変化が進行中です。“既に起こった未来”との観点から、既に起こった変化を以下に列記してみます。
2011年度世界新車販売台数は、1位GM(米)9.03百万台2位VW8.16百万台3位ルノー日産8.03百万台4位トヨタ7.95百万台5位現代(含起亜)6.59百万台6位フォード5.7百万台7位伊フィアット・クライスラー3.98百万台8位仏PSA3.55百万台9位ホンダ3.10百万台10位スズキ2.46百万台・・です。合従連衡では「復活したGM仏PSAに7%を出資、クライスラーフィアットによる子会社化でよみがえり、日本勢では単独路線マツダ三菱自がどうするか」(東洋経済2012.5.12)といった流れです。今時点では世界トップの勢いを持つVWについて、東洋経済2012.5.12は「18年までに年10百万台を売り、世界ナンバーワンになるのがVWの目標だ。00年代半ばには人員整理を迫られたVWだが、コスト削減を実現し、大衆車のVWで数を売り、高級車のアウディ稼ぐ収益構造を実現した。90年代からVWは、プラットホーム(車台)を4車種に集約。車台集約化を終えた後には“部品共通化”を進めてきた。さらに複数の部品をモジュールとして組合せ、他の車でも転用する“車のレゴブロック化”を進めてきた。VWは“MQB”(モジュラー・トランスバース・マトリクス)と名付け、中期的には最大7割を共通化する目標を据えている。MQB導入では、18年までに世界の拠点で工程を入れ替えるという。VWが質と量で他社を圧倒しつつあるのはあるのは事実。同社の弱みである米国市場までを制覇し、最速で10百万台を達成してしまうのだろうか?」と、また現代自動車について「現代自動車の11年12月期の業績は、営業利益率は独BMWに次ぐ10.4%でである。・・・現代自動車は、“現体制では品質確保が可能な上限は7百万台程度”とする。鄭夢九(チョンモング)会長は、新工場建設の起案をすべて却下。“今の8百万台で十分だ。”と語っている。」と報道していますが、筆者/青草新吾も韓国の同グループの方々からは同様な話をお聞きしています。日経ビジネス2012.6.4付は「売上高に対する研究開発費の割合からは、伝統的に基礎研究に力を入れるGMが高く、日独企業が続くが、現代自動車とても低い。同社は“性能デザインの両面重視でキャッチアップする”ことを優先してきたが、キャッチアップに成功しつつある今、いかに成長を維持し、ライバルを凌駕するかが課題だ。 」と報道していました。
自動車産業が薄型テレビのようにコモディティ化して付加価値がなくなっていくのではないか?との問いに対し、日産・ルノーのCEOで瀕死状態だった日産自動車に乗り込んで再建の先頭に立って再建を実現された実績をお持ちのゴーン社長は、日経ビジネス2012.6.4で「50年後はそうなるかもしれませんが、今の自分の時代にはそうはならないと断言できます。今は、ますます新しい技術がクルマに搭載されていきます。エレクトロニクスを使いこなすには、自動車産業が培ってきた専門性が必要です。例えばナビゲーションシステムなどではそのようなことがあるかもしれませんが、“安全性”や“エレクトロによってどうやって運転性能を上げるか”となると話は別です。クルマ作りには、知見経験規模が必要です。」と、述べておられますが、同感です。クルマにはコモディティ化した機器やユニットも搭載はされますが、全体としてしては、まだまだ“コモディティ化するには複雑に過ぎる製品”だと思います。日本企業の競争力についてゴーン氏は「独フォルクスワーゲン、韓国の現代自動車日産自動車の勢いの源泉は?」との問いに対して「共通項は、3社ともに、自国の国外で販売を伸ばしていること、最高級車から低価格車までのフルラインアップであること、規律の正しい組織をもっていること、ビジョン戦略、それらと予算結果の間に一貫性があり、整合性があること、です。規律については、日本、ドイツ、韓国、これらは規律正しい文化を持った国です。」とも、そして“日本企業の強みとして「手段を突き詰めて“プロセス(工程)を作る”ことで日本企業は日本文化の強みを活かすことができます。」と、一方では、日本企業の弱みについても「強みと表裏一体で、“日本の強みであるプロセス作りに目を向け過ぎて、戦略を練るのに十分な時間をかけなくなる”というリスクです。クリエイティビティ(創造性)、つまり新しい概念技術のブレークスルーなどに注意を払わなくなるきらいがあると思います。あと、ダイバーシティの点で苦労しています。“多様性がないということがグローバル市場では弱み”となります。中国人やインド人、伯国(ブラジル)人、ロシア人、そして欧州の人たちと一緒に仕事をすることを、管理職のみならずトップレベルでも学ばなければならない。本当の意思決定にはダイバーシティが不可欠でしょう。 」と述べておられますが、もっともです。
自動車製造事業ライフサイクルについて、神戸大学大学院(経営学研究科)教授の三品和広氏は、中部産業連盟のマネジメント専門誌(プログレ)2012.6で「今までの自動車は成熟期から衰退期に入ります。衰退期のフェーズでは欧州勢が強い。また今の自動車に変わる新たな自動車の形米国のベンチャー企業が先行しています。「黎明期では米国のベンチャーが強い。一度形が見えたモノをパクッてつくるのは韓国勢が強く、成熟期に入ったモノの生産委託を受けて安くつくるのはチャイナ(支那)が得意です。衰退期に入って愛情が篭った製品づくり欧州の独壇場です。ライフサイクルのフェーズごとに求められる得意技経営者のタイプも変わります。ですからフェーズを股にかけて戦うのは難しい。私は黎明期こそが日本企業が戦うべきライフサイクルのフェーズだと思います。・・・事業立地(ドメイン)を移す場合、政府やマスコミが音頭を取るビジネスは避けた方が良い。新聞や雑誌が煽る旬のビジネスが危ない、自分の調査では、“挑戦して火傷をした人はとても少ない。”という現実が判明しています。」と続けます。日本企業の判断の誤りの多くは「技術への過信」から生まれているような気がしていますが、同氏は技術者の自己満足からお金にならない技術を極めて衰退する事例として、旧くは腕時計、最近では、薄型テレビを引用しています。先ず腕時計について「今、日本で最大の時計会社は、株式会社スイスです。かってはクォーツ腕時計を開発し一時は世界を席巻したセイコーの天下が続いたのは12年間のみだった。技術に自信があった日本勢は、香港勢と正面対決し、豊作貧乏に陥り、大赤字に陥ってから戦略転換したものの、事業はどんどん小さくなっている。一方のスォッチは、創業者でレバノン人のニコラス・ハイエクが、スイス時計産業の再建を目指す銀行から融資を得て、倒産会社買い集め、今や年商1兆円の企業に成長した。躍進したのは“クォーツの登場で腕時計は終わった。男性が正々堂々と身に着けることができる装飾具へ”と頭を切り替えたからです。」と、また薄型テレビについては「テレビ業界の今の危機を招いた分岐点2000年頃にあった。日本のテレビメーカーは、韓国、台湾勢との正面対決の戦略を選択し、返り討ちにあいました。日本企業は、技術への自信が在る故に、薄型テレビに突っ走り、傷口を広げてしまった。・・・間違いの根源は、1980年頃にあったと思います。代表的な通信・エレクトロニクスの企業は、“半導体を他社に頼った場合は、自社の回路技術のノウハウを渡す自殺行為”とのロジックに基づき、半導体の自社製造へと進みましたが、2012年現在の現状をみてください。8兆円のキャッシュを貯めこんだアップルシスコなど、エレクトロニクスの先端を走り続けている企業は、半導体を自社製造していません。例外のサムスンも続かないと思います。」と、そして「大きな家電メーカーは倒れるにしても20年以上かかります。会社が潰れるのは、多くは戦略の間違いからです。エレクトロニクスの場合は、致命的ミスから早くて十年で大変だと皆が言い出し、三十年後に失敗の帰結がでます。戦略はやり直しできないのです。」と述べておられますが、大筋でその通りだと思います。旧くは太平洋戦争での日米開戦と敗戦、戦後の産業では、腕時計、その後の半導体、最近では薄型テレビで繰り返されてきた戦略の失敗は、先のことは判りませんが、今の段階では自動車産業では起こっていないような気がします。
日本国内でこれから伸びそうな産業新分野日本の産業の強みに関し、日本電子回路工業会の会長、小西誠治氏は半導体産業新聞2012.6.13付けで「世界の趨勢を見ても、近未来は、環境新エネルギーメディカルの時代といわれる。これに鉄道自動車などの交通手段を加えた社会インフラが大きなビジネスになっていくだろう。新インフラがビッグビジネスになる。こうした分野のキーワードは、安全・安心・長寿命であり、ITとバイオ、メディカルなどのような異種融合の技術が重要になる。わが国ニッポンの出番なのだ。・・日本の材料技術世界ナンバーワンであり、この強みを活かした設計や部品の選択が必要だ。低プライスのコモディティー品では、もはや日本は勝てないと思う。」と述べておられましたが、筆者/青草新吾も同感です。同じく同紙6.13付けで、“EMS one”編集長の山田泰司氏は「セット機器の生産規模では、EMS/ODMの生産規模は、日本メーカーの比ではない。例えばフォックスコンの従業員はわずか2年で0.8百万人から1.3百万人に急増している。ノートPCの生産だと、5位メーカですら年産規模20百万台近い。現地EMS/ODMは日本の電機メーカーの業績悪化に関し“本当に円高が主因なのか? こだわりを持つ部分違うのではないか? 巧みの技そこまで必要か? もっと我々を活用すべきでは”との声が多い。」と、日本の電機メーカーの業績不振について語っておられますが一理はありそうです。日本人一般は「局地戦に陥って全体観リーダーの役割見失いがち」という歴史的傾向があります。
一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏はVOICE 2012.7月号で「私はかって“失敗の本質”[ ISBN:4122018331 ]で第2次世界大戦当時の日本軍自己革新軍事的合理性を追求できなくなり“敗戦に至った経緯”とそこから学ぶべき教訓について述べた。2005年には“戦略の本質”[ ISBN:4532165296 ]で、戦略構想力戦略実行力は、知的パフォーマンスとしての日常の賢慮蓄積とその持続的練磨に依存することを明らかにした。」と振り返った上で「今の日本は“評論家社会”の弊害が、取り繕えないところまで進んでしまっているのではないか。中韓はもとより世界各国が“国家資本主義”とも呼ばれる時代へと進むなかで、日本だけが確固たる国家観もなく、愛国心もないまま浮雲のように漂っている。日本人の日本人観をリセットし、“評論化社会”を脱して、“知的リストラ”を進めることから日本の再建は始まる、そう私は信じている。」と述べておられますが、100%同感です。